読書の日々
先月から取り憑かれたように本を読んでいる。心身ともに疲れているので、あまり頭を使わない軽い本ばかり。以下はそのタイトルと簡単な感想など。
不遇な無職女性が学校図書館で働く物語。本を通じて生徒や関係者にスポットライトを当てている。人間がよく描かれているなあという感想。予定調和を裏切る終わり方が一抹の不安を与えかえって心に残る作品となった。
詩人でもある著者が人の行き着く先をみつめ淡々と描く作品。深く静かな感動に包まれた。映画「おくりびと」で有名になったというが、本作品との関連性は、職業設定のみで別モノと言える。家計を救う、具体的には乳飲み子のミルク代にも事欠く生活から脱するために葬儀会社に勤務した著者であるが、奥さんから「穢らわしい」と言われ夫婦生活を断られ、親族からも絶縁される。人が死ぬという当たり前の営為から目を反らし続ける中、納棺夫は淡々と仕事をしていく。第三章は、親鸞を中心とした信仰の世界の論考となっていて、これもまた興味深い。
・帚木 蓬生(ははきぎ ほうせい) 風花病棟
いわゆる美文、名文を狙わずに、理路整然と分かりやすくきれいな言葉を駆使して、医療現場を描いていた。内容そのものは、やや平凡ながら、まっとうな日本語に触れて脳が喜んだ。
表現が現代と異なりとっつきにくかった。漫画版で読んだものと内容は、あまり変わらず。文字の方が情報量が多く、登場人物の命の軽さ、軍隊が労働者ではなく資本の味方となったことの衝撃などがうまく描かれていた。未来に対する漠然とした期待を示して作品が終わった。この後の歴史を知る者として、慄然とする。
散歩の作家、永井荷風の代表作。空襲で焼け野原となる前の東京、花街玉の井の描写が秀逸だった。ある程度成功した作家と下町の私娼との束の間の交流とその終わり、儚さを見事に描ききった秀作であった。
私も読書ばかりせず、散歩でもして体力を回復させねば。
すべてに退屈した男がいきついた快楽は、殺人であった。誰でもふと抱く妄想を乱歩は、ふかく展開させ、狂気の世界へ我々を導く。すべて筋が通っているところが恐ろしい。狂気が佳境にはいったところで種明かしとなり、我々は日常、退屈な世界へ引き戻される。
・その他 レシピ本、家事の実用書、明治大正文学を適当につまみ食いするも、読了にはいたらず。
読書も良いが、夜や休日など部屋にこもりきりでは、体力が落ちる。音楽を聴きながら散歩も日課としたい。歩こう、外に出ようという気力がでてきたのは、読書の、いや永井荷風のおかげかも知れない。うつの癒しは、読書、睡眠、音楽。やや回復したら美食と散歩、温泉となる。
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灰色の日常
いつの間にやら人生への根拠なき楽観が消え去り、日常の輝きも色あせてきたように思われる。加齢のせいかも知れないし、すこし心が疲れて、せわしない日常に麻痺したのかも知れない。
現状にさして不満がある訳ではない。子どもの頃、欲しかったものは手に入れたし、やりたかったこともあらかた経験してみた。同時に所有するだけで活用しないことの虚しさや自分の限界なども知ることになった。
お金や時間があってもなかなか手に入らないもの。それこそが私の求めるものだった。生まれついての不器用の身には、世の中きびしい。読書が好きでも物書きになれる訳でもなく、音楽が好きでも作曲や演奏にも不向きだった。
自分の求めるものを探求する過程で得たものも多かった。これからはそれらを大切にして生きて行こう。このブログを備忘録として活用したい。
了