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森羅万象と夜のしじま

読書、散歩、音楽など。

しあわせの香り

子どもの頃読んだ本の挿絵にりんごのオーブン焼きがあった。暖かさや香りが伝わるような美しい絵だったと思う。おいしそうな料理だけでなく、それが供される暖かい家庭がひどくうらやましかったことを覚えている。

当時の我が家は貧乏で、育ち盛りの私は満足に食事もありつけなかった。焼きりんごやら七面鳥のオーブン焼きなど論外だったろう。今にして思えば父は精神病、母は軽度の知的障害ではなかったかと思うのだが、確認する術はないし、確認する意味もない。生活保護の申請をすればよかったのに、そうすることもなくただただ貧しく、空腹の日々が続いた。給食は救いであり、だからこそ夏休みには苦しんだ。

ふと焼きりんごの写真をみて、こうした封印されていた記憶が脳裏を駆け巡った。気を取り直して、焼きりんごを作ってみようと思うまで少し時間がかかった。私は夢を実現する術を持っていると自分に言い聞かせ、オーブンを買い、りんごと無塩バター、シナモンなどを用意した。

現代のオーブンの性能はすばらしく色加減、焼き加減は申し分ない。なによりも嬉しかったのは熱されたシナモンとりんごから漂う豊潤な芳香だった。しあわせの香りである。

しかし娘は、こうした素朴な香りや味付けを好まず、残してしまう。美味なものに溢れる生活なのだから、それは仕方ない。彼女は、新たに自分の幸せを探して行動できるようになれば良いのだから。

叶うことならば、日常をていねいに生きて、小さなものごとに幸せを感じてくれると嬉しい。